女と男の話

いつもお世話になっている方に教えて頂きました。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/swallows.html

いつぞや、日本でも轢かれた犬に呼びかける犬の映像が話題になったのが記憶に新しいこと。いずれにせよ、「不可抗力」で轢いてしまったのを祈るのみです。

こういった動物の行動を、「動物なのに・・・」と思う方ももう少ないことでしょう。愛情も社会的行動も極めて、動物的な・・・

そこで、女と男の話。男と女の話でもどっちでもよいです。

いまとなっては20年も前に、実家で飼っていたチャボの話。

私の子供の頃、実家でチャボを飼っていましたが、野良猫やら無責任にも放たれたの飼い猫やらに襲われて獲られてしまったり*1、それで雌のチャボの親子の間で子育てが継承されなくなってしまったようで、3、4世代も経った後には、そんなこんなで遂に老いたる雄一羽だけが残されました。

なんの刺激もない年寄りの一人暮らしで、庭に出してもつまらなそうで、日増しに目だって老いていくのを見て、これではあんまりと、雌をあてがってやれば元気になるんじゃないかと一考。それまで買い足したことなんてありませんでしたが、近所のペット屋で一匹の白い雌チャボを見つけて参りました。

新しくやって来たこのシロがまた、非道い話で、多分生まれてこの方、狭い店の小さな籠に閉じ込められていたせいでしょう、足が弱っていてロクに歩けもしません。じきに疲れて座り込んでしまう。お陰で小屋から放つ時は、こっちも猫を警戒する番犬の体で、本でも読みながら一緒に庭に出て居たもので、いろいろ観察の機会に繋がりました。

さて、老鶏、若いシロが来た日から一気に様相が変わります。久しく聞かなかった朝の一啼きもまた再開。羽の手入れもせっせとはじめて、実にきびきびとして参りました。こちらの目論見成功です。

覇気を取り戻した御老体ですが、と或る日、どこへでも走ってまわりたいのか眼を離すと姿が消えておりました。二羽ともに眼が届かないのでは、、、と困っていると、足の弱いシロがいかにも不安そうな弱々しい声でくぅくぅくぅと鳴き始める。弱い足でヨロヨロと歩く様もいかにも頼りないものでしたが、周りをみては情けなくあげる小さな声は、まさに雄を呼び戻すための声に聞こえます。実際、啼き声を挙げて幾ばくも無く、雄鶏がえらい勢いですっ飛んで帰って参りました。優しいもんです。雄鶏がクックといえば、雌鶏はくぅくぅといった体で、オスはせっせと地面を掘り返してミミズを見つけては、メスに投げ渡します。自分でも食えばよかろうと、こっちは庭先で読んでいた本を閉じて、餌を投げあたえるのですが、それもみんなシロに譲っておりました。

老鶏がそんな騎士道的立ち居振る舞いに自分で納得しているのか・・・と言えば、そうでもないようで、シロと一緒ではどうにも動きが足りないらしく、ついつい先の方に歩き出して二羽の間に距離ができる、すると、またシロが情けない声を出す。「先に行かずに、一緒に居てくれろ」と云うことでしょう。老鶏も諦めて、また草花の芽や虫を取ってはシロに与えます。ほんとは方々歩き回りたくてじりじりしている様子が見え、おかしく思ったものです。

と或る日、御老体も交尾をせんとシロに迫ってみたのを見つけました。まだ幼いのか、それとも交尾も実は社会的に教えられるものなのか、シロにはそれがぜんぜんわからない。老鶏無理矢理シロにのっ掛かれば、シロは足が弱いから潰れるだけで、「やめてくれろ」とでもいうような声を出します。老鶏は如何ともしがたく、じれにじれて、シロのまわりをまわっては後ろ足で砂を掛けたりなんぞ。それも何かの合図のつもりでしょうが、シロはまた困ったような声をあげているだけでした。

念のため。別に女は弱いとか、家庭的にせよという話をしているのではなく、犬や猫ならまだしも、チャボのオス・メスの気遣いや感情が、凡そ”人間的”で関心したという話です。

*1:平気で猫放つのって許し難いですよね。猫は悪かない、彼らのすべきことをしているだけ。野良猫はひもじいのでしょうがないけれど、飼い猫はそうではない。猫放つなら、最悪、石で打っても文句言わない覚悟を持っていればいいですが。「家が狭くてかわいそう・・・」なら違うものを飼えばよろしい。鳥を穫られたり、糞害に合う家があるに決まっているのに