洋書のご紹介を兼ねて。多分、夜読んだ方がしっくりくるエントリーです。
先日、わたしのところで初めてD.H.Lawrenceの本を、しかも原書で、お買い上げになった方がいらっしゃいました。嬉しかったので年頭の英語関連の一つ目は、ロレンスを取り上げます。
D.H.ロレンスと言えば、勿論『チャタレー夫人の恋人』の作者。*1
本日取り上げるのは、その手紙選集。
私はケンブリッジ校訂版のハードカバーを発売当初に手に入れましたが、
The Selected Letters of D. H. Lawrence (The Cambridge Edition of the Letters of D. H. Lawrence) - Hardcover
著者: D. H. Lawrence 編: James T. Boulton
出版社: Cambridge University Press
その後、安価にペーパーバックでも入手できるようになりました。
The Selected Letters of D. H. Lawrence (The Cambridge Edition of the Letters of D. H. Lawrence) - Paperback
著者: D. H. Lawrence 編: James T. Boulton
出版社: Cambridge University Press
全巻だと膨大な量になりますが *2、この選集は、そこから300余を選び出し、500頁強の一巻としたもの。大変面白く読んだのを覚えて居ります。
手紙部分の章立てを紹介致しますと、
- The Formative Years, 1885-1913 ... p.1
- The Rainbow and Women in Love, 1913-1916 ... p.61
- Cornwell and Italy, 1916-1921 ... p.139
- Eastwards to the New World, 1921-1924 ... p.213
- New Mexico, Mexico and Italy, 1924 - 1927 ... p.271
- Europe and Lady Chatterley's Lover, 1927 - 1928 ... p.341
- Decline and Death, 1928 - 1930 ... p.417(注:indexが p.492〜)
人生を7つの時期に分けて、それぞれおよそ60頁の分量が当てられて居ります。手紙は短いもので半頁、長いもので2頁少し。順を追って読んで行きますと、ロレンスの文章が段々と、透明と言いますか、清澄と言いますか、若き日の怒れるロレンスから、なにかこう一つ突き抜けて、内に力秘めたロレンスになっていきます。
自分の師の妻(フリーダ・ウィークリー)を奪い取ったロレンスですが、そのスキャンダルも半分手伝って、欧州から新大陸へと数年ごとに転々と亘り歩きます。理想の土地を見つけるといった希望もあったはずですが、そんな理想の土地が物理的にどこかにあるのではないと思うに至った時が、その文章の変化の転機だったように見えます。
正確にそれがいついつというには、私もうろ覚えですし、この選集しか読んでいない身ではその資格もありません。そもそも、正確にいつかと示すこと自体、詮無いことでしょう。しかし、例えば、1922年の手紙に出てくる文句、
これは考えの変化の一つの現れと見えます。勿論、悲しみを超えて、笑って、進むのですから、理想がないと諦めたり、妄想に解消するということではない。
『人生は悲しい』という言葉を勘違いしていた。それは真実の初めの一つだけれど、最後に見いだすべき真実ではないんだ。
(略)
根本的には、『人生は悲しい』ものだ。けれども、それを超えてこそ、笑うことも、進むこともできる。
沢山の手紙から、ロレンスの興味の対象を知り、意見を聞くだけでも面白いものですし、若い頃の恋人への手紙と生涯の伴侶となったフリーダへの手紙を比較して読めば、ロレンスがほんとうに気に入ったのはどちらかも判るものかと。
良い手紙は幾つもありますが、試みに一つ拙訳でご紹介致します。小林秀雄が若い頃の文章に挙げていたもので、ご存知の方もあることでしょう。自分ももっとも好きなものの一つ。文章の拙さは私の責です。
******
ブレット様
マーリィの手紙も同封された貴信、今朝頂きました。うんざりしました。冷たい、それは冷たい、昆虫じみた醜さに。マーリィに合うのは今後止めにせざるを得ません。
(略)
友情に関して一言。男と女の間の友情、お互いに第一に大事な存在であるという意味での友情は、不可能です。私には判っております。我々は二つの部分からなる生き物です。その一つは精神的で、もう一方は肉感的なものですが、どちらも等しく大事なのです。その片一方だけを基盤とする関係であれば、例えば、繊細なる精神的な一面によるものであれば、必ずや憤懣と裏切りをもたらします。一面性なり、部分的なりが、ユダを生むのです。マーリィへのあなたの友情は、精神的なものです。あなたは性愛をそこに閉じ込めようとした。それで彼はあなたを憎んだ。どの道、マーリィはあなたを憎んだことでしょう。貴方の友情の半面性は私も大嫌いです。だから、貴方と私の間には、肉感的なやり取りはありません。
性愛を精神的な関係に入れ込むのは、貴方のおぞましい過ちです。昔の尼と僧侶がそんな風でしたが、そんなものはすぐに腐るものです。今や半腐りの状態から始めることになっています。
マルカに好きな男があって、そして、その男と結婚したならば、彼女はそれほど間違っていない。愛なんてまったくの戯言です。精神的な、個人主義的な、分析的な側面の行き過ぎた誇張です。もし、彼女がその男に好意を持っていて、そして、その男がまさに男であれば、それは愛するなんてことよりもましなのです。空想にすぎない完全無欠ナル満足などを、個々人が追求するなんて忌々しい行いは、男も女もわきにのけてしまうべきでしょう。そんな満足は愛についていつだって言われる戯言です。もし二人が単なる男と女として、思いやりを以て結婚に結ばれれば、愛ノ賜物のひ弱な花でなく、しっかりとした根を下ろすものです。 もし、貴方がある男にやさしさを持っていて、そして、その男も貴方にやさしさを抱いているとわかっていて、それで、その男と結婚できると感じたならば、そうなさい。愛なんぞは、マーリィと一緒に捨ててしまいなさい。もし、貴方が、批判や官能を共に差し止めることができて、そしてやさしい心持ちで結婚できるのならば、そうなさい。トロント(注:当時、Drothy Brettが想っていた男)についてですが、貴方があたたかい想いを懸けているとはとても思いません。シーレイ船長のことは知っています。その青い両の目には、いのちと共に震える小さなあたたかな炎といったものがある。すべての大仰なものよりも、持つに値するものです。どうして貴方は馬鹿にするのですか?貴方は性愛より高みにいるわけではない、そんなことはこれからも出来ないでしょう。大概、貴方は性愛よりも劣悪なのです。貴方は眼の中で、頭の中で、性交の高揚を楽しんでいる。それは有害で破壊的な考えだ。この惨めな地上で、いのちのあたたかな焔のひとかけらが、精神性だの、繊細さだの、キリストの召びだのの全てに値するのだと、そうシーレイ船長から学んだらいい。
(略)
勿論、あなたをどうでも良いと思っているのではない。貴方は、片一面でまったく忠良だ。しかし、その一面性がまさしく、忠良さを致命的なものにしているのです。
だから、貴方のこころの樹の下に、こころの炎の側に腰を下ろしなさい。そして、本当のやさしさと全体性を得られるよう、何度も、何度も、何度も、試みてご覧なさい。ウィリアムと一緒の時も、貴方は本当にひどかった。誰かの為だとしたって、貴方のそんなところを受け入れる男なんて居ないでしょう。
「繊細なナル」一面性が有害なものと知ること。ちゃんと知ること。処女性云々何ぞ皆ほうってしまえばいい。人生のAからZまでご存知の、おかしな目付きの男どもを追うのはお止めなさい。彼らは人生を判っているかも知れない、けれども、BからYまでは皆抜けていて、卵の殻から身を抜いたようなものです。あたたかなやさしさの小さな焔を探しなさい。それはアルファとオメガよりも重要なものだ。そして、人々の持つ、ウィリアムやレイチェルだって持っている、ささやかなあたたかさ・やさしさを尊重なさい。やってごらんなさい、全体にお成りなさい。貴方の兄弟が嫌悪した、全ての男が、私だって嫌に思っている、偽りの一面性ではなくて。貴方の全体性を取り戻すこと、それだけです。そして、そうなった時に初めて、こころのやさしさの中で、友情が可能となるのです。
DHL
キリストが、根本的に、どうしようもないほど間違えていたとする私の考えを思い出して。
To Hon.Dorothy Brett, 26 January 1925 前掲書ハードカバー版 p.290
■ *3
*1:英語は決して難しくなく、日本語訳は各種揃いましたが原文の雰囲気を伝えているとも思えず、ぜひ原書の Lady Chatterley's Lover: Cambridge Lawrence Edition (Classic 20th-Century Penguin)
著者: D. H. Lawrence
出版社: Penguin Classics
*2:手紙全集は、ハードカバーで用意されていて相当に浩瀚な複数巻となっています。第一巻は The Letters of D. H. Lawrence Volume I (The Cambridge Edition of the Letters of D. H. Lawrence)
著者: D. H. Lawrence 編: James T. Boulton
出版社: Cambridge University Press
*3:そういうわけで、ナギ様をやさしく見てあげてくださいませ。 かんなぎ 6 (REX COMICS)
著者: 武梨 えり
出版社: 一迅社