最近といっても半年くらいのスパンで、ここでご紹介してもよかれ〜と思うものを、本日より数回にわたって書いてみたいと思うのでありました。。。DVDなども入るかもですが、そこんとこはいつもの通り、いきあたりばったりです。
全然、難しくないので、こういう系統をあまりお読みにならない方こそ、ぜひ!というのが私の下心であります。
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さて、オバマ大統領とその周辺の経済政策をルーズベルトのニューディール時代のアメリカと比較して分析!という論文を某先生が書いているので、読んでみました。一応、経済学部出なので、昔取った杵柄というのかなんなのかたまにその手のものを開くのです。
世界 2009年 09月号 [雑誌]
伊東光晴 (京都大学名誉教授)『オバマはルーズベルトたりうるか』所収
出版社: 岩波書店
見た目、微妙に購買意欲をそがれる男子が多いのでは・・・と懸念されますが、そうお感じになったら図書館などでお読みくださいませ。
執筆者&タイトルは、伊東光晴 (京都大学名誉教授)『オバマはルーズベルトたりうるか』。20頁くらいの小論です。ざっくりいってしまうと、オバマはニューヨーク系の金融べったりだからだめだろうねーが結論ですが、勿論細部が面白くて向学心のある方にはいろいろ今後の読書の道が開ける内容です。
例えば、オバマ政権の経済政策に関する重要人物を挙げて、「こんな傾向です」と批評をくわえていますが、バーナンキはフリードマン万歳だYO!はウケました。自分で調べてなかったけど、そうだったんですね・・・
ルーズベルトの第一期ニューディールがどういうものであり、それがどんな反発をどういう団体から受けてどう変わって行ったのかも、小論文だから紙面に限りはありますが大変面白いところ。アメリカというのは、超大金持ちができる限り大金を手にしていける制度になっとるな〜と。そういう考えの超大金持ちにとって、まぁその他の人間なんて家畜程度のもんなんじゃないの?と、ひどい言い方するとそんなことがひしひしと。*1
ある程度はそういうもんだと誰しも想像はついているでしょうが、彼らは自分たちだけ大もうけできる制度の維持・創設に大変、これはほんとに大変熱心だなぁとある意味感心します。因果な連中だと呆れ果てるのでもありますが、、、折角29年の恐慌後にできた諸制度をぐずぐずにしてきたここ10年、20年の経緯もさらっと触れてありますが、なにが起きたかのまとめとして大変面白いです。ご覧あれかし。何世代か入れ替わって過去の痛みの記憶を忘れた頃に、定期的にバブルしておきたいってこともあんのかな〜とか、電波な想像をくすぐられます。
全般的に専門的知識は必要とせず、難しくないけれど、一カ所、フリードマンの貨幣数量説の根本的な欠陥の説明は、ある程度、専門的なことをやってないと想像も難しいところと思います。
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で、そんなところを何となくで済ませず、ある程度専門的・理論的な本を読んでおけば、よろしいかと。大して難しくないけど、結構、みなさま避けたがるとこです。こういうものをある程度漁っておくと、例え半知半解でも、世間の経済論壇に「なんかあやしいなぁ〜」くらいのにおいは判るのではないでしょうか?ちょっとした疑問を持てるというのが、実は大事なことじゃああるまいかと思います。
そこで素人向けにもやさしい理論書というと、やはり根井雅弘先生かなと・・・。これはほんとに名著で、これを知っておくと、表にでないようにごまされている馬鹿げた前提がよく理解できます。
現代アメリカ経済学―その栄光と苦悩
著者: 根井雅弘
出版社: 岩波書店
理論的といっても対してムズカしかないのでぜひどうぞ。新作で類似の内容は、
市場主義のたそがれ―新自由主義の光と影 (中公新書)
著者: 根井雅弘
出版社: 中央公論社
こちらです。この中公新書の一冊は本年6月に出たばかりで、近年の状況への疑問に答える体なので、入り込みやすいのは確か。市場主義、市場主義って、破産を目の前に「援助して〜」でどこが市場主義なんだよっ、なんて素朴な疑問を持つ方には、ぜひぜひどうぞ。
本書の内容を著者の言葉を借りれば、
本書は、前世紀末のベルリンの壁の崩壊(一九八九年)のあと、世界の論壇を席捲することになった「市場主義」(「市場原理主義」と呼ばれることもある)の経済思想について、とくに現代シカゴ学派のリーダーであったミルトン・フリードマンを中心とする人々に焦点を合わせて、彼らの仕事の功罪をできるだけわかりやすく説いたものである。
〜はしがき i頁〜
シカゴ学派といってもなかにはいろいろあるんだなという学説史といっていいのでしょうか。なので理論的にもう少し深いところを読みたい場合は、上述の岩波の『現代アメリカ経済学―その栄光と苦悩』をぜひぜひぜひと推薦致します。
ところどころに埋められたコラムがまたさらっと重要なことを書いておりまして、例えば、コラム2 「貨幣は重要である」(Money matters.)なのか?では、フリードマン流のケインズ解釈が俗説であるとの説明後、そもそもケインズの一般理論は専門家もまともに熟読しておらず、大体、新古典派が優位を占める現在の経済学会では、ケインジアン系の雑誌に論文が掲載されても業績にカウントされないのが現実だ・・・と。これなんか、よくよく考えたらとんでもない状況かと。*2
コラム8は売れっ子クルーグマンを取り上げておりますが、幾つか経済エッセイの単行本を読んでみて、ところどころいまひとつ腑に落ちないなぁと思ったところに著者のちくっと一言の指摘があって、あぁそうかと(←いや、否定的に書いていて気が休まったというだけかも)。クルーグマンの理論的支柱は、最近邦訳も出た教科書を見て判るものかどうか・・・と自分で読むのはめんどくさいので、根井氏のような中立的な方が少し細かい解説を書いてくれればなんて思う他力本願です。*3
*1:別にアメリカだけの問題でもないかも知れないですが・・・。ルーズベルトのニューディール第一期・第二期の変化については、こちらが大変詳しく。第二期において、いかに大企業が政策を支配するようになったか。その手段としてのマスコミの発展などが書かれています。 PR!―世論操作の社会史
著者:スチュアート・ユーウェン
出版社: 法政大学出版局
*2:かくなる私もめちゃくちゃケインジアンの大家のゼミに習いながら、なんども通読などしておらず、和書なら古くは コンメンタールケインズ一般理論 (1964年)
著者: 宮崎義一・伊東光晴
出版社: 日本評論社
*3:「アメリカの経済学テキストの政治学:国内外党派育成バトルっ!!」なんて本ないんでしょうか・・・