先日「嫌なことがあって、、、」という♀友達を良い口実に、久しぶりにドライブ(四輪)。
一年半から二年ぶりくらいだ!
結局、感覚が鈍っているのが、駐車時の挙動。「あっそうか前はそうなるんだよね・・・」と、引っ掻き傷を作った後に気づく・・・あぁ!!
しかし、また最近一段と車間距離が短くなった気がする。20年前はもっと広かったんだけど、、、
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at 海。
砂浜で「あっ、かもめー」くらいしか会話をせずに、ぼーっと海を眺めてましたが、、、考えていたこと
♀:
・嫌なことがあったけれど、海を見ていたらそれは小さなことなんだな〜
だったらしい。こっちは
せるげー:
・うわー、潮って満ちるんだなー!おっ、段々近いぞーー
・ここで地震が起きたらどうしたら良いんだろう、、、(二分で車に戻り、三分であそこまで行ける、、、とか、、、)
・なんか、ブッデンブローグ家のシーンみたいだな〜
・結構、波って音するんだな、、、波が打つ音、泡の音、砂に吸われる音と違うんだなー
・なんかこうやって見ていると、昔から海ってこわいんだよなー
とかなんとか、、、内陸育ちで海に縁がなく、郷愁もなし。最近見た砂浜は何年も前のインドの某所、その前はもっと前のオマーンの、、、
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船旅したことを思い出した。といっても一泊と短いもの。中国旅行にそのまま飛行機で行っても詰まらん!とわざわざ韓国から船で天津行き。大学時代で♂三人。20年とは言わずとも結構前の話。
“詳細は無計画旅行”だったので、船内のお姉さん係員に「天津で安くて良い外人向けの旅館知ってますか?」と尋ねたら、怪しげな目つきで「え?え?私に泊まれって言うの〜?」と。そんなこと言ってません!!
すでに激辛料理で胃をやられていたので、船の食事がまたそんなもんで、ビスケットと牛乳と水を買い込んだものでしのいだのでありました。
最上部の甲板は出入り禁止でしたが、構わずそこに行って椅子を持って来て、ぼーーーと眺める。途中、係員になにか言われたが、英語で返すと、「まーいいよ」といった仕草でほっとかれる。
「・・・しかし、何時間経っても景色が一考に変わらんねーーー、だから船旅っていろいろ遊びがつきもんなんだねー」
「うんうん」
「一人一人歌でもうたうか!?」
「よしっ!・・・・では、、、う〜〜みよ〜〜!!おお、う〜〜みよ〜〜〜!!」
「いきなり加山雄三か、ふつう!?」
「しかも、さびから絶叫、、、」
「いや、やっぱり海と言えば若大将かと・・・」
海というと、サザンオールスターズじゃないのかといった馬鹿な話になったけれど、結論は、
サザンオールスターズは海岸までの歌である
でした。
・・・と歌はすぐに取りやめとなり、とりとめもない話が続いたけど、途中「フレンチコネクションのポパイの俳優って誰だっけ?」が出て来ず、話がそこでうろうろと小一時間。結局、そこらの手すりやなにやらでみんな懸垂はじめたり。。。
ジーン・ハックマンの名前がやっと出て来たのは、二週間後の北京・・・二度と忘れないように、みなで十回唱えたり、、、
「ウィーン・フィルのシノーポリ指揮の公演のパンフレットにさ、与謝蕪村の俳句が好きだとシノーポリが書いているんだよね、、、訳がのっかってて」
「へぇ、、、なんの?」
「ひねもすのたりのたりかな、のアレ」
「それがさ、イタリア語だから全然判らないだけど、ラヴァ、ラヴァ云々と結構かっこいいんだ、なんだか、エーーット,覚えている音だけで言うと、、、それで『悠久の海の繰り返す波のうねり』がどーのと解説しているんだよね、、、」
「マーラーの『大地の歌』の歌詞も、あれ李白じゃないって思うことがあったなー」
「そりゃ言える。あの頃のヨーロッパって、抽象的概念でがちがちで大げさだよね。ヴィスコンティの『ヴェニス』の討論シーンなんてまさにそんな感じ。ま、いまがやけにくだけ過ぎってのもあるやも知れんけど。」
「そーねー」
「で、その元の俳句って微妙に滑稽じゃない。普段縁側に寝そべってる感じというか。」
「うん」
「あーゆーのって伝わるんかねー、向こうの人に・・・」
「向こうの人も日本に居るとゆるくなるっていうよねー」
いまなら、実例を知っている。元部長だ!
しかし、日本も、というか首都圏だろうけど、表面的には妙にせこせこして落ち着かないけど、内実ゆるいってのはなんかねー