まとめ と 話の襞

グレゴリー・ベイトソンの再度の宣伝を兼ねて。

精神の生態学 の商品写真  精神の生態学
著者: グレゴリー・ベイトソン 翻訳: 佐藤良明
出版社: 新思索社

この書籍に所収の『ヴェルサイユからサイバネティックスへ』というちょっと変わったタイトルの講演録から長めに引用致します。

ヴェルサイユ条約ができた経緯を話しておきましょう。話としては簡単です。ドイツの敗北が明らかになってからも戦争は延々と続いていた。そのときジョージ・クリールというPRの専門家がひとつの策を考えついたのです。この人物の名は、ぜひとも記憶しておいていただきたい。現代PRの創始者ともいうべき男です。

 緩やかな講和条件を提示すれば、きっとドイツは降伏してくるだろう --- こう考えた彼は、懲罰的な措置を全然含まない十四箇条の案を作成し、これがウィルソン大統領のもとに届けられました。誰かを欺こうとするときには、正直者を使いに立てるのがはなはだ効果的なわけです。

(略)

 ドイツはとうとう降伏してきました。

 われわれ英米の側は --- とくにイギリスですが --- もちろんその後も経済封鎖を続行しました。条約締結の前に、ドイツの意気が上がったのでは困るからです。そのためもう一年、ドイツは飢え続けました。講和会議の生々しい様子を知りたい人は、メイナード・ケインズの『平和の経済的帰結』(1919)を薦めます。*1

(略)

 これは我々の文明史上、最も悪質な裏切りのひとつだと言っていいでしょう。平和のための会議が、そのまま次の大戦の直接的、必然的引き金になったという、実に興味深い事件です。いや、それよりもっと興味深いのは、これがドイツの政治からモラルというものをほぼ完全にぬぐい去ったことです。子供に何か約束しておいて、それを反故にする。しかもその全体を、高次の論理的枠組みに押し入れて正当化したらどうなるか。

(略)

 この醜い争いに、はじめから付き合っていた世代の人間は、事の経緯が一応は整理がつくでしょうが、それが見えない後の世代の人間にしてみれば、世の中が狂っているとしか思えません。

(略)

 わたし達古い人間は、ここに至った経緯を知っています。父が朝食のテーブルで、十四箇条を読んできかせた時のことは、いまも覚えています。「どうだ、立派な休戦条約だろう。これでこそ講和というものだ」と、まあ言葉は違ったでしょうが、そんなことを父は言いました。ところがヴェルサイユ条約ができたとき、父がどんな言葉を吐いたか。それを言うのは止めておきましょう。活字にできない種類の言葉であります。

この話をどうまとめるか、、、そこには読み手のいろいろな見方や癖が出てくる。例えば、

 歴史を学ぶって、大事だって話だろ

とまとめて、、、いや、マトメはマトメだからそれでもいいですが、では、さまざまな話の襞についてとなると、言葉が出てこずというなら如何なものか。そういうことは多いです。

でも、端っから、

 強いて言えば、歴史って大事なんだってくくれる話だけど、、、

くらいに言われると、あー襞を味わったんだろうなぁと安心します。

最初から襞だけ細かく分け入る人もあって、それは面白いこともありますが、疲れることも多いです。例えば、

 イギリスの中産階級の家族は云々云々云々

と来られたら、どーしよーかなーと考えてしまいます。いろいろ楽しんだ中で、たまたまそこの話がしたいというならば、、、でしょうか?

上述の太字部分は、大体のところで戯画化しているので、あまり厳密に取られずに!

・・・そうですね、正直言うと、歴史を学ぶって、大事ってマトメてしまったら、その人、なんも読んでないなぁと感じるくらい。多分、その通りじゃないかな、、、なんて思ってしまいます。

ベイトソンが何故にまたこんなに広がりのある話をしているかは、引用部分の直前にあるのですが、それは本書全体を読んでいないとピンと来ないと思って、写さずに置きました。その前に上の部分で、(略)としたところも、ちょっと勿体なかったり、、、。いずれにせよ、この『精神の生態学』長くて、高い本ですが、ご興味があればご一読を。*2

ベイトソンは、理系・文系のさまざまな分野(サイバネティックス、人類学、動物行動学、心理学etc)を渡り歩いた人物で、実は結構方々に影響の強い人物。新しいjargonを作って、安易に「これがオリジナルだ!」と装うこともなく、また、専門家向けに閉じられたものではないと思います。皆に語りかけ、日常生活のあれこれを考えるに役立つ書籍。

今一冊の主著はこちら。

精神と自然 ― 生きた世界の認識論 の商品写真  精神と自然 ― 生きた世界の認識論
著者: グレゴリー・ベイトソン 翻訳: 佐藤良明
出版社: 新思索社

↑この表紙のデザインは苦笑ものでありますぅぅぅ!妙に爽やかで、薄らとすぴりちゅあるなのが、キモいですが、勘違いなさいますな!!

手持ちの初版本(1979)は手に入れた時から美本からほど遠いものですが、下の表紙。

20081130123636 クリックで拡大写真が見られます。

『精神の生態学』『精神と自然 ― 生きた世界の認識論』も、どちらも自信を持っておすすめできるもの。「どちらから?」と問われると中々難しいです。

では。

*1:これです。

ケインズ全集 第2巻 平和の経済的帰結 の商品写真  ケインズ全集 第2巻 平和の経済的帰結
著者: J.M.ケインズ
出版社: 東洋経済新報社

図書館にはあるでしょうし、英語の原文ならネットにみつかるかも。

*2:5,000円以上する本は、、、と避けてしまいがちな方もいらっしゃると思います。が、このベイトソンはダマされたと思ってぜひどうぞ!