レイフ・オヴェ・アンスネスのピアノ・リサイタルの感想 at 東京オペラシティ 2008年10月27日

本業ブログに書く感想の下書きのつもりで。。。

2008年12月注:映像を問題ないものに、差し替えたので文面いじりました。

掲題のコンサートに行って参りました。出かけに何度もチケットを確かめたのに、王子ホールに行ってしまい、最初のヤナーチェクは途中から・・・割とそういうこと多いです。惚けてます(新宿に近づきたくないのかも、、、)。

曲目は、
ヤナーチェク:《霧の中で》
シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D.958
ドビュッシー前奏曲第1集・第2集から何曲か抜粋
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2(いわゆる、月光)
アンコールは、
ドビュッシー前奏曲から、《アナカプリの丘》
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第13番の3rd & 4th楽章
スカルラッティソナタの491番だったか、、、、490番台なのは確かです。


実は、アンスネスはTV放送とCDで聴いて、持ち上げられ過ぎと思っていて、その確認でしたが(ランラン、グリモーなどそういう人多過ぎます最近。グリモーはめちゃくちゃに聞こえながら、瑞々しさは際立ちますが、、、)。

今日聴いて感じたことを端的に言うと、

・・・とその前に、ネガティブな感想で、(口調はごく普通ながら、)ここではいい過ぎなほどに書きますので、「まずいな、、、」と思われたら、ここでやめておいてください!!

******

◎美点
1.全体的にはそこそこまとまりよく(←下のいまいちな諸点を考えれば、基本がおかしいのですが、、、)
2.思い切り良くも弾くので、快活とは言える

◎いまいちな点
1.指は回りますが、細部がいい加減。早いパッセージはかなり適当。エドウィン・フィシャー好きの私ですから、そこには寛容なはずですが、それでも手抜きすぎと感じました。
2.和音なんてちっとも考えてないです。シューベルトもそうでしたが、ベートーヴェンソナタ14番は実に顕著。《月光》なら誰でも聴く、あの和音の充実した変化がない、、、というよりそもそもちゃんと音が出てないくらいにいい加減。ちょっとびっくりしました。
3.音の出し方(いわゆるタッチ)もあまり変えず。ペダルの使い方も、専門家が見たら怪しくないかしら(特にシューベルト)、、、よって音は単調。ドビュッシーは、元の曲があーなので、幾らか色彩感があるように聞こえますが、過去に実演を聴いたミケランジェリ、、、と比較するのはなんぼなんだとしても、他の方であっても、本来はもっとさまざまな音が聞こえる曲。
4.という次第で、譜面の読みもいい加減ではないかしら、、、《月光》の第二楽章の出だしから、スタッカートをつけたりつけなかったり、ちょこっと変奏しながらすすみますが、そのあたりの注意ゼロ。曲の面白さが伝わってきません。

といったところです。

*****

この人は、音の強弱か、テンポの上げ下げでしか変化を作れず、楽譜のまんまてきとーに早く音を出せるだけかな、、、と正直感じました。「顔と手で演技してる余裕あったら、きっちり弾け〜」と、TVで見た時とまったく同じ感想。本場物と宣伝されている彼のグリーグの協奏曲も世評が高いのですが、あれはレーベルのマーケティングの後押しなだけで、疑問に思っている人は多いのではないかなぁ、、、

ここなので、もっと本音を書きますが、

シューベルトは、おっそろしく単調にして、形をなさず。

《月光》の#そーそそーーーも、こんないい加減な弾き方が初体験で新鮮だったくらい。

明るい性格なのか、快活さはあって、せせこましくもないけれど、いい加減にもほどがあろうに、、、という感じでした。。。←ひどい言い方が続きましたが、正確には、アンスネスはもっとできると思わせるということです。

アンコールのベートーヴェンスカルラッティも勢いよく飛ばしただけで、細部をすっかり無視。以前、とある現役演奏家が、「派手にやるのが一番受けるんですよね、、、」と皮肉まじりに言っていたのを思い出します。

フジ子・ヘミングさんは元より、マキシムがあのように弾いてもなにもいいません。ランランがやって、どう荒稼ぎしようとなにも言いません。彼らに比べれば、アンスネスは、まだ真っ当に生きれそうなだけに、なにか言いたいだけです。

そもそも、名前の割には外来演奏家なのに値段が安いと思っていましたが(S席で7,000)、そういうことなんだな、、、と。価格と値段は比例するわけでもないですが、、、*1空席も目立っていましたが、、、

名曲をとりあえず実演で聴ければいいやというのであれば、国内の演奏家で2〜3,000円払えば、、、「聴ければいいや」どころか、もっと良い演奏が体験できると思います。

《月光》なら、みな聴いたことがありますし、ピアノほか楽器をやってない方にも譜面も割と簡単。聴いてもらうのが一番です(楽器をやられている方には、当たり前以下の話なので、飛ばしてください)。

譜面こちら
http://www.sheetmusicarchive.net/compositions_b/btsn27_2.pdf

第一楽章:譜面は1頁目を見ていただければ
バックハウス
これはSP版ですね、すごいですね。。。50年以上前。。。

たーたたーーーのメロディ と たらりたらりと続く音型 と 低い下支えのいかにも和音デス! の三つの部分に大きく分かれるのは、すぐに気づくと思います。それがそれぞれ、意味があって、曲の雰囲気に変化を生んでいるのもお感じになっていることと思います。

バックハウスの演奏は、一番低い音が強調されすぎずに、よく判って、奇麗です。

それぞれの音の強弱(デュナーミク)は、その三つが一緒に大きくなったり小さくなったりもすれば、三つの内の一部だけ盛り上がったり、、、こういうことが、アンスネスにはなし。また、ところどころ音が濁るのも変なことでした(ただ単に、ちゃんと弾けてない)。

多分、チケットなんて全然安いであろうピアニストの方が、自演投稿していらっしゃいますが、

鍵盤の弾き方が違うのもよく判ると思います。高いメロディは優しく弾くけれど、一番低い音はのっぺりと平たく出したり、、、こういうこともアンスネスにはなし。

微妙にテンポがずれるのがわかると思います。節回しといったらいいでしょうか、アゴーギグというのですが、これもなし。「それはやらないであっさり」というなら判ります・・・が、顔と手はうっとりと演技をしている。顔では音は出ません。

上に書いた程度のことであれば、誰が弾こうが普通はみな同じと思います、いいなーと思うところは、まぁ一緒ではないでしょうか?

これらの細部の技巧はもちろん目標ではなく、最終的には曲全体の雰囲気を作っているのは、上の映像ですぐお感じになったかと思います。

第二楽章:譜面は四頁目
どこかの愛好家の方の投稿映像

ちょっとつっかえますが、スタッカートがついたり、つかなかったり、裏打ちになったり、もどったりという曲の面白さはちゃんと出ています。
思い出しても、こちらの愛好家の方のほうが、ぜんぜん好感が持てます。

こんな調子で探して行って、幾らでも面白いものは見つかると思います・・・リヒテルの先生だった、ゲンリヒ・ネイガウス Heinrich Neuhaus なども良い演奏。CDが出ています。

変わり種の奇矯な演奏と言えば、グレン・グールドのもの。お手持ちの場合は、よくご存知のことと思いますが、グールドだって、「非感傷でいきます」とばかり、テンポは速く、フレージングもろくに区切らず、p(音を小さく)もpp(もっと小さく)も、割といい加減に、さっさとすすめていますが、和音の響きのドラマや、デュナーミクでの語り口は、やっぱり気をつかっていないでしょうか?好きな演奏とは言いませんが、「伝統的演奏は出来るけど、そうするつもりがないんです」という演奏で、グールドらしいな、、、と笑ってしまいます。

第二楽章以降も同じくあっさり路線ですが、判り易いスタッカートの有無で言えば、それがついたりつかなかったり、右左に交代したりは、わざと強調して、ちょっとおふざけな楽しさを感じます。繰り返すフレーズが、裏打ち気味といったらいいのか、そういった変化をするのも見せつける感じ。ここがグールドの面白さで、きっとピアノに近づいて、口開けて頭を振りながら、やっているのかな、なんて想像してしまいます。

それぞれの演奏者は自由に弾いても何を罰せられることもなく、全体的に面白ければ、確かに別に構わないとも言えます。しかしながら、昨晩のアンスネスの演奏は、この《月光》で言うならば、

ベートーヴェンのメロディっていいよね
・なんか盛り上がってるとこは音強くなってたし、かなしそうだと小さくて、感動だね

くらいのものでしかなかったのでは?極論ですが、そういう演奏ではなかったかと思います。それはなんら新しいものではない。そこだけ聴けばいい、そこに感動できばいいというのも、別に正しい、正しくないの話でもないでしょう。

*****

こんなことは普通に聴いていれば、誰でも感じていることと思います。基本以前の問題で、家で録音を聴いたり、ふらりと安いコンサートに行けば、しっかりそこを楽しんでいるはずと思います。

では、なぜ昨晩大きな拍手とブラヴォーの声になるかと言うと、要するに、「外人→巧いはず→値段も高い + ベートーヴェンの名曲 = 感動」と気が高ぶるのではないでしょうか?世評が高いことに惑わされていないか?とも思います。今年のエッシェンバッハ/フィラデルフィア管のコンサートも、オーケストラの体をなしていないけれど、最高に熱い拍手でした。勿論、私がそう感じたというだけの話です。

もう単純に一つの音だけとっても、ミケランジェリリヒテルポリーニ、ルプー、アルゲリッチブレンデル、ゲルバー等々聴いてきた記憶から、昨晩のあれはプロの音だろうか、、、とも感じました。鍵盤をきちっと弾いているのか、、、と思うほど、音の芯の弱さがなかったでしょうか?

では現役にそういう演奏者がいないか?そんなことはなく、今年私が行ったコンサートで言えば、解釈は好きではないですが、アンドラーシュ・シフの音は、ほんとに一音一音充実していたのが思い出されます。好きな演奏家ではないけれど、その点、感嘆させられます。

しかめっつらして「違う、違う」と聴くのも不幸ですが、誉めればいいのか、、、それも疑問です。今回の問題は、ちょっとしたミスということでもない。

人前では文句を言わないという日本人的気質もあるやも知れません。欧米でコンサートを聴いた際、お愛想拍手はしながらも、「いまのはね〜」と見ず知らずのおじさんおばさんに首を降りながら、ニコニコされたりなんてことがよくありました。

苦言を吐きました。ご不快になられたら、それはなんとも申し訳なく、平にご容赦を。

昔の演奏者だけがいいというのではなく、いまの演奏者も立派な方は多いです。ただ、今は、宣伝される有名演奏者と音楽の質が乖離していることが増えてないか?日本人ならば横山幸雄氏なり、外人の若手でもブレハッチさんあたりなら(←ブレハッチは、生演奏を聴いてないので自信ないですが、、、コンサートに行かれた方から、ちょっとがっかりだったという声も聞いていて。。。)、こういう当たり前のベースの上で、なにかをすると思います。その他にだってたくさん立派な演奏をされる方はいらっしゃるでしょう。

ベートーヴェンソナタ全集のおすすめを。いまは全集がほんとに安いので、良い時代です。まずはほんとに定番。

◎ヴィルヘルム・バックハウス
前者晩年のステレオ盤、後者1950年代の録音。上の映像はSP時代の録音ですけれど、これらの録音は音質は大丈夫です。

 Original Masters Decca Beethoven Sonatas: Wilhelm Backhaus 8CDs, Import  の商品写真  Original Masters Decca Beethoven Sonatas: Wilhelm Backhaus 8CDs, Import
ピアノ: Wilhelm Backhaus 1960年代の録音(No.29のみ1950年代のモノラル録音)
レーベル: Decca

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集 8枚組 の商品写真  ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集 8枚組
ピアノ: ウィルヘルム・バックハウス 1950年代のモノラル録音
レーベル: ポリドール

◎アニー・フィッシャー

Annie Fischer: Piano Sonatas Complete 9CD Box set, Import  の商品写真  Annie Fischer: Piano Sonatas Complete 9CD Box set, Import
ピアノ: Annie Fischer
レーベル: Hungaroton

アニー・フィッシャーは女性ピアニストですが、その力強い詩情に感服します。基本もしっかり。最強音で叩く感じはあるかな・・・。1977-78年の録音。
バックハウス同様にベーゼンドルファー

その他、

ヴィルヘルム・ケンプのモノラル盤全集
アイディアをいろいろ試していて、オーソドックス・スタンダードと言えないところがありますが、面白い演奏ばかりです。

W.Kempff- Beethoven: DIE KLAVIERSONATEN-THE PIANO SONATAS Box set, 8CD, Import  の商品写真  W.Kempff- Beethoven: DIE KLAVIERSONATEN-THE PIANO SONATAS Box set, 8CD, Import
ピアノ: Wilhelm Kempff
レーベル: Deutsche Grammophon

◎フリードリヒ・グルダ
これも曲によってオーソドックスではないですし、それ以上に「グルダふざけてるの?」と思わせることもありますが(《熱情》など)、目立たない曲でとんでもない名演だったり、、、なんにせよ音色とリズム感が斬新で素晴らしい。1960年代の録音ですが、現代ピアノの演奏で、新しさを付け加えたのは、このグルダ以降ほんとにあるのか?などと思います。
*2

 Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5 Box set, CD, Import  の商品写真  Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5 Box set, CD, Import
ピアノ: Friedrich Gulda (協奏曲: Holst Stein指揮/ Wiener Philharmoniker)
レーベル: Decca

ホルスト・シュタイン指揮 ウィーン・フィル交響曲全曲も収録。

ほかに・・・ソナタ全集ではないのですが、バレンボイムのマスタークラス

Barenboim on Beethoven Masterclasses [DVD]2枚組  の商品写真  Barenboim on Beethoven Masterclasses [DVD]2枚組
バレンボイムが6人の若手にベートーヴェンソナタをマスタークラス。あのラン・ランも登場!
EMI Classics

マスタークラスの「合法」な映像もYouTubeにさまざま上がっていて、演奏の勘所が実演で示されていて勉強になります。譜面など持たずに、素人目に眺めていても、おもしろいのでぜひお探しくださいませ。

では。

p.s.:中山さん id:taknakayama、絶対途中で判って、行くのやめたでしょ〜!!「おぬし、逃げたな〜」と思ってましたよ〜

p.s.2:こっちの方が、いいたいこと言えていいな、あっちにそのまんま転写しようかな・・・と思うものの、、、もう少し控えめな口調に変えないと、、、

*1:ヒラリー・ハーンがやはり7,000円。これは有り難い安値。

*2:フォルテピアノなどの演奏は除いての話ですが、、、やっぱり、モダーンのピアノではいろいろやりつくした感があって、意識的な演奏者は古楽器に向かう、、、ということがあるのだと思います。フォルテピアノは良い録音が出たかと思うと、品切れになったり。いまのところ、バックハウス、できればグルダの二つを持つ、これが私のおすすめです。