中学生からかな?2008年 夏休み用人文思想系の書籍案内です〜 3 of 3

中学生からかな?ないしは から!として、連日2008年 夏休み用の名作案内しております。理系な本は私は毎月一冊読むように心がけている、、、居るだけで実践できてないですが、なんにせよ自信がないので今日が最終日!

中学生からかな?2008年 夏休み用の割と古典文学名作案内です〜 1 of 2
http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20080727/1217098632(ホメロスギリシャ神話、俳句、漱石、鴎外、ドストエフスキー)
中学生からかな?2008年 夏休み用の割と古典文学名作案内です〜 2 of 2
http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20080727/1217130339(イヴリン・ウォートーマス・マン、ロレンス・スターン、スウィフトその他)
中学生から!2008年 夏休み用その他の書籍案内です〜
http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20080728/1217214667(ハインラインヒッチコック宮崎駿、ピアニストのリヒテル)
中学生からかな?2008年 夏休み用人文思想系の書籍案内です〜 1of3
http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20080731/1217495138(ベルグソン木田元の哲学入門、カント、ヘーゲル)
中学生からかな?2008年 夏休み用人文思想系の書籍案内です〜 2 of 3
http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20080803/1217693541(デカルトジョン・ロックスピノザピュロン主義哲学)

では人文思想関連の続きで、本日は三回目。

今日は主流でないところで面白かったものをご紹介!

 

ピエール・ブルデュー『構造と実践』

ピエール・ブルデュー『構造と実践』の商品写真社会学ですが、数年前に亡くなったフランスのピエール・ブルデューの本。さまざまな問題について、浩瀚な書物が多いので、どれから入るかちょっと考えてしまいますが、そこで本人自身がインタビューを受け、主著の解説をしている、『構造と実践』を!変なタイトルですが、これは日本語版のせい!

ブルデューの人と業績が広く見渡せます。これを読んで、興味を覚えてから、いろいろ読み進めても良いかも!

ブルデューは、、、こんな風に言っちゃっていいのか無責任に言ってしまいますと、我々の日頃の行動の背後のメカニズムの分析をした人で、、、というと社会学だからそりゃそーだとなりますが、そこを、単に我々の個性!とするのでもなく、階級闘争だの経済的事由だのだけでもなく、文化的なもののみでもなく、、、ここを普通、「これ!」って一個の原因に絞るのですが、それぞれ実は原因として影響したり、影響されたりって相互関係があるんです、、、という話をした人。

いずれにせよ、面白いですから是非どうぞ。

理論的な書物が難解という場合、日常の話題を扱った問題提起的書物もあってお薦め!特に下の二冊を挙げますが、面白くて一気に読み終えてしまうやも!

フランスの植民地アルジェリアを舞台に、植民地政策、資本主義、文化の変化を扱った『資本主義のハビトゥス—アルジェリアの矛盾』アルジェリアなんて北アフリカの植民地の話だ、、、なんて思うやも知れませんが、構造改革と称してIMF的な“改革”をごり押しされている日本に取って、実は身近な話かも。

もう一冊は『メディア批判』。フランスのメディアとその影響を分析したものですが、ポピュリズムで人気を博した政権の施策の害が今さまざまに露呈している日本の状況を考えるに大変参考になると思います。メディアがどういう風にものを見せるか、そして、なにを見せないようにするか。コメンテーター、キャスター等々の口調や番組の編集の手法をミクロに解析することもすれば、スポンサー&視聴率の構造から来る問題、大株主の意向の問題等も取扱い、メディアはどういうメッセージを与える傾向にあって、どのような受け手を生産するのに寄与しているかを考えます。

この『メディア批判』と同じ世論を喚起するのを主目的としたシリーズに『市場独裁主義批判』がありますが、(まともな)経済学者と共著だったら、面白かったかもとちょっと惜しい内容。短期的な株の売買で利益を得る集団の為に、さまざまな変化を起こしたことが、経済理論・経済事象、また、政治経済学的な見方としてどんな問題があるのか、、、このあたりがもっと豊かな話になっていれば面白かったのかも。しかし、なにが問題なのかいろいろ検討を当てるには良いと思います。しかし、こういう話も10年以上も前に出ていたのですが、こんなとこにも、失われた10年と云うフレーズを使いたくなります。*1

 

グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学』

ベイトソン『精神の生態学』の商品写真ベイトソンはイギリス出身で元は人類学者ですが、その後、動物行動学に行ったり、精神分析に行ったりという変わった経歴の持ち主。ダブルバインドという言葉を聞いたことがある方は多いと思いますが、その提唱者。

ベイトソンの書籍を薦める理由は、さまざまな分野渡り歩いたので、さまざまな分野を逍遥できることであり、また、我々が考えたり、行動する際のメカニズムはなんだろう???ということを常に考え続けたわけですが、明快な答えはなくとも、さまざま自分の考えを揺り動かされることが多いかと思うことであります。

なんだかんだ言って、自分がほんとうに繰り返して読んだ本、影響を受けた本の一つ。

この『精神の生態学』ベイトソンの長きに亘る様々な分野での主要論文+αを収めたもの。全体として結局、答えはこうです!と出ているのではないのですが、それぞれの論文の内容も論理もはっきりしているし、判りやすいと言って良いと思います。

例えば、本能ってなに?という娘との対話を模したところでは、本能という言葉が説明においてどう機能しているのか?という話に進みます。進化をテーマにした章も、余りに単純な社会ダーウィニズムが復活したように見える今日には示唆に富むものやも。そんな調子で、地図とは何か?という話が、私たちがなにを持って意味だの、違いだのを感じるかという認識論に発展し、ゲームの話は嘘とほんとをどう伝えるかなどというコミュニケーションの話になったり・・・

ある言葉を取り上げて、その言葉を使った考え方を議論して、その問題点−その考え方を前提として推論してしまうことによる誤った結論の事例−を挙げるというのは、ベイトソンがよくやる事柄の一つ。物理的メタファーを世の中の物理的でない諸事象を見る際に用いることが、どんな悪影響を与えているか・・・これはベイトソンが繰り返し指摘する問題の一つです。

専門的な論文でも、読者が日常を考えるに大変便宜が良いのが面白いところ。

ダブルバインドの論文で半ば戯画的に描かれた家族間のダイナミズムは、実にわれわれの日常の会社や知人との些細な人間関係を見るにも役立ちますし、アルコール依存症を直す為の団体、AA(Alcoholic Anonymous)の活動の分析と紹介は、なんでも自我に起因するとする分子論的個人主義を考え直すものでもあり、また広く組織というものを考えるにも役立つでしょう。そんなこんなで、アイディアの宝庫と言っても良いかと思います。

“美”という言葉にいろいろ預けてみたり、また、ユングにときどき言及しているのが、ちょっとした胡散臭さの原因と思いますが、これはそんなに意味がないと思って良いのでは?エントロピーがどうだというのも、ちょっと言ってみたまでのことで、ベイトソンの主要な部分は筋道の通った普通の論文として考えた方が良いと思います。神秘家としてベイトソンを扱わないのが、読解の鍵かなと。

最晩年に『精神と自然—生きた世界の認識論』という著作があって、これもお薦め。こちらは読者の考えを揺り動かすのを主眼にしており、読んでいていろいろ根底から考え方を変えるように出来ています。ぜひ併せて読まれることを。最後の方で、なんだか判らなくなるのは、きっと答えを確定させようという読み方をするからであり、またベイトソンもそんな書き方にちょっと引きずられているからかな・・・と。とんでもないエラーを修正する為の、抽象的な方法論と考えればクリアーになってくるのかも、、、*2

ちなみにフランスで、ベイトソンの書籍を復刊させるよう計らった人物に上のブルデューが居ます。こういうひょんな出会いが、読書の喜びの一つ!*3

 

ソーカル&ブリクモン『「知」の欺瞞—ポストモダン思想における科学の濫用』

ソーカル&ブリクモン『「知」の欺瞞—ポストモダン思想における科学の濫用』の商品写真1970代〜90年代当たりまで流行っていたフランス系の哲学の一部への批判書『「知」の欺瞞—ポストモダン思想における科学の濫用』。簡単に言うと、二つ柱があって、一つは当時流行っていた浩瀚で難解な哲学の書籍に乱用された数学や物理学のお話が、そもそも数式の引用が間違っていたりして意味不明で、メタファーにしても限度を超えていて、それって、実際の議論に役立っているの?科学の権威を利用しているだけじゃない?ということであり、今ひとつは過度の価値相対主義をいさめたもの。

著者は物理学者のお二方。

いや、ほんと自分の学生時代を思い出して、この手のフランス現代思想がさっぱり判らず、ところどころ面白そーなアイディアが曖昧につかめるだけ。数学・物理学の話がまたさっぱりで、しょうがないから数学の勉強始めよう・・・となって、遠山啓さんの本は勿論、志賀浩二氏の30講シリーズをやり直したり(第一巻は微分・積分だよ!)、、、これ、ある意味副作用がいい影響だったのですが、、、*4

なんにせよ、集合論やっても位相をやっても、判って来るのは数学ばかりだったり、、、で、実はわけのわからない思想書を読むのを止めて、ここ数日紹介しているものばかり読んでいたのです!

じゃー哲学だ、社会科学に意味がない、となるのは短絡的と思いますし、ソーカルもブリクモンもそっちに文句を言っているのではなく、平たく言うと、「判りやすく書きなさいよ」という至極まっとうな指摘。用語だけ変えて、安直に“自分のオリジナルな思想“を作っちゃいまいかい?なんて指摘は、痛いとこつかれてないでしょうか?

哲学って言ってみれば、呑み屋の話が精緻化されたもんだと思うのです。ならますます意味がないのか???でも、あの当たりの本音って、結構、我々の日常行動を規定したりしませんか?社会的な決定論だったり、完全な自由意志に基づくものだったり。曖昧だから語らない、、、というのは、一つの手ですが、曖昧じゃない専門だけで社会が成り立つわけでもない。

哲学に意味が無いという人には、読み手によって解釈が違ってしまうものがそんなに価値があるのか?って意見もありますが、多義的言語を操っているからそんなの当たり前です。個人という言葉一つとっても、数学の1として機能しません。そもそも言葉の多義性を利用して、全員に得があると説きながら、自分への利益誘導を図ったりなんてゲームもあったりする。*5

言葉が多義的なら、解釈も自由になるのは当たり前で、それであれだこれだ解説書がでるのですけれど、実は原典読むのがよろしいかと思ってます。

前回の啓蒙主義の思想家を読むと、具体的な問題に対して、こう考える・・・というものであったのが判ると思います、解説書・入門書ではその根本的な問題意識が往々にして抜けてしまう。だから、実はなんのこっちゃ判らないし、実生活の武器にならない。しかし、原典を見ると(私も邦訳か英語でしか読みませんが、、、)、読んだ感想は違うものでしょう。著者の言う意味は、随分と確定してきませんか?

あんまり定義を厳密化しても、所詮曖昧な多義的言語だから限界があると思います。一方、専門家というものは、意味にブレが出ないように、なるべく万事うまく解決できる様に精緻化を図るのですが、専門家という職業を成り立たせるため、なるべく素人には近づきにくいものにしてしまうという傾向もある。元々の著者は市井の人間向けに書いていて、だからこそ、「この辺でいいだろう」とあまり厳密化せずに居たりもするのに(←読んでいてそう感じますが、誤解かしら?)、そこをひたすら精緻化・厳密化して、最後には専門家同士で議論することしかできなくなったり、、、まー専門家はそれで糊口を凌いでいるのでありまして、、、

実際、原点の書き手は、「こんなくらいのことを書いておけば、いい影響があるんじゃない?」くらいの実践的書物と思っていたら、どんなもんでしょう?

なお、ソーカル&ブリクモンの書籍に、哲学プロパーが呼応して書いたのが、ジャック・ブーヴレス著『アナロジーの罠—フランス現代思想批判 』。これはこれでこの書き方が判りやすいという方もいらっしゃると思います。数学・物理学の引用がめちゃくちゃだよ!と指摘したソーカル&ブリクモンほどの起爆剤にはなりませんが!

 

末木 文美士『思想としての仏教入門』

末木 文美士『思想としての仏教入門』の商品写真さてさて、三回に亘って駄文を連ねました夏休み用人文思想系の書籍案内の最後を飾る本ですが、変わり種で仏教の本を!末木 文美士『思想としての仏教入門』。同著者の放送大学テキスト『仏教思想』の改訂版。

これ仏教の教典を、西洋哲学用語で解説してみました!という本で、私は元の教典も読んで検討してないから判りませんが、なんにせよそれが余りにギリシャ古典哲学入門としてぴったりしているので、びっくり致しました。

大乗仏教はアレクサンダーが置いてったギリシア人が始めたんだ、、、なんて眉唾な(?)話をどこかで読みましたが、こうなると、「さもありなん」と思ってしまいます。

ので、ギリシャ哲学入門としてどうぞ!!←!?


2008年12月15日注:放送大学テキスト『仏教思想』は上のdel線部分の如く言ってしまってもいいところがありましたが、この『思想としての仏教入門』はもっと仏教ユニークさに重点を当てています。もっと早くに訂正すべきでした。二冊読んだ方では、随分変わった印象を受けるかも。できれば双方手に入れてみると良いのですが、『仏教思想』の方は、古書店街で手に入り易いのでしょうか?

これを読むと、なんでこんなもんが神秘化されてしまったのかな〜と不思議な感じがします。しかし、万物についての“真理”が内緒の方法で手に入ったよ〜なんて戯言を言う人が居て、方や、どこかの誰かは正解をしっているはずだ!その人について行こう!と思い勝ちな人が多くて、両者が出会うと商売できてしまうということなのかしら、、、

宗教にはまらない一つのコツは、摩訶不思議な説教家のパフォーマンスを見ることでなく、原典を読むことかと思います。仏教に限らずの話で。これがほんとうに仏教の説明かどーかは兎も角、一つお楽しみくださいませ。

著者の末木文美士氏は、子安宣邦さん系の方かと思いましたがどうもそのようです。巻末の読書案内が、大変丁寧で素晴らしい出来。その案内の仕方がこれまた好感が持てる良い書き方だなと敬服致しました。

同氏には日本の仏教史についての著作が手に入りやすい文庫であって、これも大変刺激的。『日本仏教史—思想史としてのアプローチ』。元々の仏典の教義の成立年代と日本への流入が違っている中で、「こっちの論理の方が上です!」という駆け引きをしているのが日本の面白い状況と言っていいでしょうか。教義の概要を説明しながら、各種のグループの成立が必ずしも教義レベルのことでなくて、社会的な要因があったり、相手グループに対して、自己を差別化する為だったり、そういったダイナミズムの諸事例として読んでみても面白いやも知れません。

 

*****

 

かくなる次第で、夏休み用人文思想系の書籍案内はこれで最後。夏休み用の書籍案内シリーズもこれでひとまず終了。

もう8月になってしまいましたが、学生の方ならまだ一ヶ月休みはありますし、会社の方ならお盆までもうちょっとですから、拙文がお役立てになれば幸いです。

「なんであの人がいないの?」とお思いのこともあろうかと思いますが、そこは数に限りもありますし、実際、挙げた書籍の中にそういう人の名前も出て来て参考になることがあろうかと。敢えて基本で揃えてみたつもりですが、結構、基本は忘れられがちですし、当たり前・・・と思うより、あらためて発見となることが多いかも知れません!

まー古典呼んだからどーよ!?ってことはあるのですが、せめて一生の1%費やしても悪かない!? 1%を一年と単純に考えると、週に一冊という学生ならスローペースな読書でも50冊読めちゃいます・・・計算すると結構な分量。

でも、その何倍もの時間をハリウッド映画とか、漫画とか、ハウツーものとか、お洋服だのなんだのだとか、流行曲とか、ドラマとか、お笑い番組に費やしてるって、配分として、それこそどーよ?と思ったり? 爺臭い??? 爺臭いついでに言うと、空気なんて読んでないで、ちゃんとした本読め〜と思ったり、、、←えらそーでゴメン!でもせるげーはえらくないから、たわごと!!!

100人が100人がそうするのも不気味ですが、10人に1人くらいはと思っちゃったり、、、気持ちよい決まり文句に感心するよーな読書でなくて、判らないながら意味を確定していく精読と言うのも悪くないのです。

では!お粗末さまでした。

2016某日注:1of3に書いた注意書きですが、念のため、この最終回末尾にもコピペして起きます。


いまの時点で見直して、そんなに悪く無いけれど、
この二冊↓は抜きます。
 ●ヘーゲル法哲学講義』
 ●末木 文美士『思想としての仏教入門』
また、
 ●ベルグソンベルクソン講義録1 心理学講義・形而上学講義』
 ●木田元『反哲学史
は、哲学史をざっと知るためにあまり拘泥しないか、後回しにした方がいいか・・・


代わりに絶対の重要性をもって入れるのが、まずもってこの方面をやるに限ります。ほんと急がば回れ

弓と禅 の商品写真  弓と禅
著者: オイゲン・ヘリゲル
出版社: 福村出版

不動智神妙録 (現代人の古典シリーズ 7) の商品写真  不動智神妙録 (現代人の古典シリーズ 7)
著作: 沢庵 宗彭
出版社: 徳間書店

他に挙げたもの、ピュロン主義でも、啓蒙主義でも、ベイトソンブルデューでも、ポストモダン批判でも、根幹はこの二冊でやってる問題です。こっちを攻めないからもやもやして、ライル『心の概念』や創発性のポランニーのような書き方になってしまう。

こちら方面に関するこのブログの記事です。拙いですが、最低限の注意書きだけ最近ほどこしました。
  • http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20100113/1263364030
  • http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20090208/1234027644
  • http://d.hatena.ne.jp/sergejO/20090501/1241116080



  • その他のものとして、上の手助けになりそうなもの。上の二つをやって、実践している中で、疑問がわいたり、アイディアが出たときに読むというくらいが良し。文章読んで判るのは、それなりに準備ができたときです。その準備を上の、禅方面がうまく扱ってます。

    部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話 の商品写真  部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話
    著者: W.K. ハイゼンベルク
    出版社: みすず書房

    感覚の分析 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス) の商品写真  感覚の分析 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)
    著者: エルンスト・マッハ
    出版社: 法政大学出版局
    翻訳がこなれてない部分がところどころあって読みにくい。光文社さんでも新訳出して!

    習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法 の商品写真  習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法
    著者: ジョッシュ・ウェイツキン
    出版社: みすず書房

    大乗起信論 (佛典講座) の商品写真  大乗起信論 (佛典講座)
    訳・解説: 平川彰
    出版社: 大蔵出版

    唯識の読み方―凡夫が凡夫に呼びかける唯識 の商品写真  唯識の読み方―凡夫が凡夫に呼びかける唯識
    著: 太田 久紀
    出版社: 大法輪閣

    創造への飛躍 (講談社学術文庫) の商品写真  創造への飛躍 (講談社学術文庫)
    著者: 湯川 秀樹
    出版社: 講談社

    現代精神医学批判 の商品写真  現代精神医学批判
    著者: 計見 一雄
    出版社: 平凡社



    あまり挙げてもあれですし、本を読んで文章で伝わるのは準備のできている人だけですから、ひとまずこれまで・・・
    ジョッシュ・ウェイツキンがやっているように、肉体的な実践とそれを意識・言葉でどう捉えるかの練習が良いと思う。
    そうそう実践の良い例です。忘れてました。ついつい本ばかり挙げてしまう。

    ナショナル ジオグラフィック ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの愛犬レスキュー [DVD] の商品写真  ナショナル ジオグラフィック ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの愛犬レスキュー [DVD]
    出演: シーザー・ミランほか
    出版社: 日経ナショナルジオグラフィック

    *1:前回で啓蒙主義の時代を取り上げました。結局、専制による圧政を打破して、どこまで自由にできるかというテーマを巡って、フィールドだけが、宗教→思想→政治と移り変わったと愚生は考えるのですが、いまそれが経済問題になっているのかも知れません。金力に関する三権分立的な力の分散はどうやれば可能か?これが切実な問題なのかしら。政治その他の力の集中は常識として恐れますが、金力に関してはその点、全くスルーのなのが現状。しかし、PowerはPowerなので、同じ考え方は必要なのかも。多分、所有者のモラルがある種の回答で、ないしはモラルを有する者が金力の所有にも腐心すべきなのかも。政治などは数値でばかり取り扱えないので、そういう要素が知らず入るものの、金力に関しては、金額だけで議論できてしまうが故に、モラルが忘れられやすいのかも知れません。そこを忘れる為に金額の議論に腐心していると言っていいのかも。

    *2:そうすると適切なフィードバックを得て、それを考慮して新たに試すということになります。言ってしまえば、トライ&エラーなのですが、「ではそのトライ&エラーのやり方って硬直してませんか?」と・・・こういうことが無限に連鎖しているって感覚、もっというと畏れが重要なのかなと。抽象論を精緻化するより、そういう人間をある程度社会に確保する方法を考えたりや、今現在のとある“間違った”状況の分析することが、ベイトソンを従ぐ道かなと思います。

    *3:なんか暑さのイライラにまかせてはっきり言っちゃいますが、あはっ体験の茂木さんの本三冊読むなら、せめて一冊にしてこっちを読むべきです。by いい加減入門書や手抜き増産新書は止めましょう委員。

    *4:小平邦彦氏の解析の本三冊など、積ん読状態のまま17、8年、、、、

    *5:哲学より幾分曖昧さの減る経済学でもそんな状況でしょう。不変にして性格が一定のものを扱うのでないから、やってることの質が違う。