非文学的日本古典案内 その2:名将言行録に見る徳川家康と規制 - 駿河にて阿部川町の妓楼近くして

さて、非文学的日本古典案内第二回は、名将言行録から行ってみましょう!リンク先は岩波文庫から8巻本で出されたセット。

名将言行録 8冊セット (岩波文庫) の商品写真  名将言行録 8冊セット (岩波文庫)
著者: 岡谷 繁実
出版社: 岩波書店

これは幕末の一藩士岡谷繁実が、戦国期から江戸期の武将のオムニバスな逸話集。時代順に武将を並べて、各々のエピソードを只々ずらずらずらと並べています。様々な家譜、戦記のおいしいとこ取りと言ってもいいのでしょう。

前回の此の古典案内でも書きましたが、逸話集なので史実と受け取るのは問題がありましょう。

「我が家はこんなに立派なんだ」という話も多ければ、敗軍の将については「こんなだからダメなのだ、あいつは」という話も多い。とは言え、家訓的な側面も多いと思うのですね。失敗談はそれほどありませんが − そこが惜しいところ?− 政治的・軍事的状況での判断もあれば、人を評価するコツなんてものもあって、今で言うならライフハック系と言いましょうか、なんだかんだいって、結構、考えさせられるかなと。

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では、私の嫌いな徳川家康から一つ。

家康ってなんか嫌いですが、読んでみると面白いエピソードが多くて、感心してしまいました。勿論、江戸期の一藩士は家康を誉めるでしょうし、当時の記録に家康を悪く書いてあるものなんてそんななかろーと思いますけれども、、、

本日は、規制に関するエピソードです。

昨今、何事に付け、エラーが一切起きない100%完璧なものを求めすぎ。。。「って、なにそれ?」って思ったならば、ぜひご一読を。名将言行録第五巻のp.202です。旧字体が中々見つからない物は、現代風にしてますのはご容赦を。


駿河にて阿部川町の妓楼近くして、麾下の若き人々遊蕩に流るゝとの風聞あり、其頃町奉行彦坂九兵衛光政、阿部川町を一二里遠きところへ移さんと伺出でし所、家康即ち、光政を呼び、當所町人共を二三里遠方へ移しなば、如何之あるべきやと尋らる、左様候ては賣買の障り甚だ難儀仕るべくと申ければ、其方阿部川町を遠き所へ引移し然るべき旨申出でし由、阿部川に罷在る遊女共は、賣物にては之なくや、賣物と之あれば諸色一様のことなるに、遠き所へ遣はしなば、渡世も致し兼ぬべき間、其儘差置く様にと言はる。

と夜のプレイスポットを移すのはいろいろ問題でしょうと止めにさせたので、

夫故阿部川町、追日繁昌、麾下勝手衰微の族(やから)多く出来たる風聞あり、其秋光政を召し、此間町にて踊をする聲城内へも聞ゆるなり、一覧致すべく間、城内へ入るべし、但し帯手拭等新たに支度に及ばず、其儘にて宜しと言はれしに

当面そのままとしたので、相変わらずというより、歓楽街は以前より栄え、散財するものも目に余る始末。そんなこんなな秋の頃、家康は一計を案じた様子。町で踊りが流行ってるねーと件の光政に踊りがみたいと要望。これが上の引用部分。ここでちょっと端折りましたが、要望を受けた光政は駿河町を三分割して、それぞれの踊り手を呼んで来て家康に見せて、褒美に赤飯や酒杯でもてなすなどして、三夜を過ごす。ここで家康が、、、

阿部川の踊は如何と尋に付、遊女町故、申付ずとありければ、年寄ては女の踊をこそ見度、木男計りは左のみ面白からずと言はるゝに付、夫れより俄に阿部川町へも踊を申付け、一組の大踊を用意し、惣遊女の内にて、其頃人のもてはやしける女共の名前を書付け、差出す様にと之あり、

と阿部川町の“人気姫”も呼びつけて踊りを見て、やっぱりお菓子などやりましたが、ここで福阿弥なる人物*1が、今後も時々呼びつけることがあるので、呼ばれたら来るように普段から心がけて置けと申し付ける。*2

此沙汰隠なく聞え渡り、御前へ罷出たる遊女何れが御目に溜り、召呼ばるべくも計り難く、其節何事か申上べくかも知れずとの氣遣いにて歴々の阿部川通はひしと止みしとぞ。

落ちは判りましたか?

この話は、明確なルール化がないのが、今風ではないかも知れませんが、最悪の事態が「若い旗本が放蕩して零落するという状態」であると明確に規定して、あまり社会システムをいじらずにそこだけを解決しようというところが面白いかなと。

ある程度のエラーを許容していると思うんですね。月に一辺くらいなら、遊び好きが我慢できずに、ちょいとこそこそ遊びに行っても・・・というくらいのエラーは許容しているかなと。「ひしと止みしとぞ」とあるにも拘わらずの勝手な解釈なんですが、、、*3

「100%私が考えたシステムでコントロールすれば問題ございません」なんていうと賢そうですが、そんなの堅苦しいし、いじったせいで他に余計問題が出たり、そもそも「自分で考えて、決定して、行動したいって、根本的な欲求はどーなのよ」という面がすっぽり抜けているかなと。「曖昧なところは判断できません」からシステムで固めます、なんて思考が賢そうってのは如何なものかなと。*4 *5

この話もたかだか二頁以内のことですが、

名将言行録 8冊セット (岩波文庫) の商品写真  名将言行録 8冊セット (岩波文庫)
著者: 岡谷 繁実
出版社: 岩波書店

はこんなエピソードが山ほどあって面白いです。今後も時々、紹介&引用致しましょう。

ではまた次回〜

*1:茶坊主かなにかでしょう・・・茶坊主っていっても実際何してたの?っていろいろあるでしょう、、、

*2:ここまでの流れで、光政がどんな人物なのかと想像するのも思白いかも。かなり謹厳実直な方なのでしょう。いきなり出て来た茶坊主が、意を汲んでいるのかな〜とか、それはそれでやらしーよな〜とか。

*3:なんとなく、「ひしと止みしとぞ」となると、家康は「(今の家来衆は)素直すぎるな〜・・・」くらいに考えていなかったかな〜と思ったり、、、

*4:ヨーロッパの啓蒙主義が、みんなが持っているコモンセンスを想定して話を始めているのと、大違いが出るよな〜なんて話をつなげて考えても良いのかな。。。この家康の逸話も、規制を受けている駿府の旗本が、「これじゃ人気姫と遊べないよ〜」、「駿府様に呼ばれた時、なにか告げ口されたら困るし、、、」という理由で遊ばなくなったので、コモンセンスとしてはかなり情けない話です。・・・

*5:今どきの規制については、自分の商売の都合に合わせて、入れ知恵する輩が多いのが問題なんでしょうね、、、