先日こんな連載物はどうかな〜と書いた一つ、非文学的日本古典案内を非定期的にはじめよーかなと。
私もそこそこ文学系を読み散らかして来ましたが、ここ数年は古書で戦国期から維新、明治期の人物伝を探して読むことが多いです。なんて言いながら、そんな合間に、
プルースト評論選〈1〉文学篇 (ちくま文庫)
著者: マルセル・プルースト
出版社: 筑摩書房
読んで相当感心していたり。。。いま新刊ないのですね、、、文芸評論としては大傑作と思うのですが、残念です。。。*1
話を戻して、戦国期から維新、明治期の人物伝といっても、前者については、字が読めないので巻物でなく、活字として復刻されたものを読んでいます。これが結構面白いです。端的に面白い要素を挙げると、
- 心理描写のない気持ちよさ
- さまざまなアイディア
といったところでしょうか。
軍記物や人物伝の類いは、関係者の証言はたまた世の噂などを集めた物で、史実としてどこまで頼れるかという問題はあります。故人を偲ぶ立場からの記述ですから、良い話だけ書こうと勤めるものです。
こんなことを言うと、「だから、信用できない」とすぱっと捨ててしまうものですが、それはそれで短絡的かなと。いまだって、伝記の類、インタビューの類、はたまた友人・知人の話でも、どこまで真実か?と考えれば、結局は、(良い意味で)話半分に聞くリテラシー次第でどうにでもなろうかなと。*2
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ごちゃごちゃ言ってもしょうがないので、一例を挙げてみましょう。
から話を一つ。黒田家譜は、黒田如水のあの黒田家の家伝です。基本的には貝原益軒が纏めたもので、当然、如水前後の面白い時代について書かれたもの。その後、歴代の当主についてまとめた浩瀚な家伝集に発展し十巻前後になっていますが、まー、この貝原益軒の物で十分でしょう。日本の古書店でもAmazonでも結構高いのですが、自分は何年も前に神保町で一万円くらいで買ったので、今はあんな値段かも・・・
さてさて、秀吉は、毛利家との和議成立の際、その条件として、毛利の両川に人質を差し出すようう求めました。両川とは、吉川と小早川の二家のこと。毛利元就の息子で、他勢力家に養子として入った吉川元春と小早川隆景が本家を支えたのはご存知のことと思います。
ここでの秀吉の一案が、秀吉の智謀の巧みなる処なりと賞賛されて居るのですが・・・
秀吉おもへらく、元春天性気あらくして物をやぶり、人情に背くべき士なり。然ればたとひ人質を出すとも、それに拘らずして我が人質も、隆景が人質をも、共に捨て約を変ずる事あるべし。若しわが人質を出さずば、隆景が人質ばかりを捨させて、わが人質ださぬとて約を変ずる事は、諸人の思ふ処をかへりみて、左は成がたしとおもひはかり給ひ、隆景一人の人質にてよしとて、元春の人質をばかへし給ふとぞ。
こういった部分など、心理描写と言えば、言えなくもない。けれども、くどくなくて清々しくはないでしょうか?現代的に書いていったら、長ったらしくなることでしょう。それ故、一文、一文の間が広い。私など結構パズル、謎解きとしても楽しんでいます。*3
文章の楽しさという点は、もっと評価されてもいいかなと。
文学的なものは、不幸や苦悩を詠嘆仕勝ちですが、この手の実務家の話は、詠嘆している暇がないので、どうにかこうにかやりくりせんとの意志を多寡はあれども感じます。悩みを舌先で転がすところなどは皆無。
日本的な話となると、すぐあわれがどうこうになってしまいますが、小さい国ながらもっと闊達な、敢えて言えば明るい、本邦の姿もあったのだろう・・・となんとなく思います。*4
戦国期の人質外交と云うと、親兄弟差し出して、背いたら斬るだけのものと思ってしまいますが、上述の話がどこまで史実か、例外的なものか否かということはあるにせよ、実際にはもうちょっと襞があるものなのでしょうか。まさに知謀巧みなるって感じですね。
こんなもの誰が誰にどう聞いてきたんだ、って気もしますが・・・
これをどう直接今に活かすのかさっぱりわかりませんが、まぁ、こういう発想も積み重ねるとどうにかなるのかしら・・・?
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かくなる次第で、まったく、私の趣味の世界で、自分だって余暇の余暇にちらちら読み進めている程度でありますが、ちょっと面白い書籍、面白い話をご紹介しようかな・・・という企画です。
こういう物が、文庫で安価に手に入らず、ただただスルーされているのもなんだな〜と思わなくはないです。*5
そうそう注意しないといけないのが、「この手のものは歴史的事実かどうかは結構怪しいらしい」ということです。そんな検証素人には手に負えないから、そこは承知で楽しみます。
では、次回がいつになるかは兎も角、本日は此れ迄!
*1:しばらく理論的な評論が盛んでしたが、このプルーストのように確固たる自分の印象で語れないなら、創作とは無縁かなと感じました。作品論・作品評論は、名人の作り手になるものが一番。下は私の好きな評論ものをほんの幾つか・・・。ひとそれぞれとは言え、概してアニメも含めて映画監督などはクリエイターでありながら集団作業にもまれるので、他人に伝わりやすく言語化する素地があるのでしょうか・・・ 風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡 (文春ジブリ文庫) 文学評論〈上〉 (岩波文庫) 庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン ゴダール全評論・全発言3 (リュミエール叢書) クレーの日記 (1961年)
宮崎駿ロングインタビュー集第一弾
出版社: 文藝春秋
著者: 夏目漱石 嫌いなものにケチをつける漱石には抱腹絶倒です
出版社: 岩波書店
『新世紀エヴァンゲリオン』を読み解くための基本文献。庵野秀明監督への超ロング・インタビュー、制作スタッフたちによる未発表「庵野秀明“欠席裁判”座談会」前編を含む第一集。
出版社: 太田出版
84年からの15年間のジャン=リュック・ゴダール評論・発言集成
出版社: 筑摩書房
画家パウル・クレーの内省・思索をつむいだ日記。
出版社: 筑摩書房
*2:現代の、ちょっとした爽やかな苦労話や人生論やハウツー物は、素朴に受け入れられているのですし、、、
*3:文語体を敢えて使う試みが今もありますが、こういう感じでは書かないのが、なんとも。現代人が昔風の言葉を使っているようにしか見えません。
*4:結局、異民族の侵入で根底から破壊し尽くされることが無かったので、敗者にも優しいという程度のことではあるまいか?あまり、こういうことは偉そうに言えるほど学はないですが、、、
*5:現代言葉に直したもの、これらをネタ元に面白いところを手軽に纏めたものは、出回っていますが、なるべくオリジナルなもので読んだ方が、臭いが伝わると申しますか、面白く読めると思います。最初は読み難いですが、直に慣れます。